気づいたら、走るのに夢中

ランニング2年生のブログ

4/15 第20回長野マラソン①

改めましてお久しぶりでございます。

それから前記事にたくさんのコメントをありがとうございました。とっても嬉しかったです。

じーんとして涙ぐんでしまいました。

 

東京マラソンのレース中に肉離れを発症してからは完全休足でいろいろな治療をして、薄皮をめくるように痛みは小さくなっていきました。でも肉離れのときの感覚を思い出すと走ることにためらいがあって、どんどん怖がりになっていく私。そんな私を見て友人が一緒に走りにいこう、と誘ってくれました。

故障から1ヶ月が経ち、時期はちょうど桜が見頃の3月末。都内のあちこちをランで回って、脚の状態を見ることにしました。

これでまともに走れたら長野マラソンもランニング再開にも希望が持てるかな、と期待したもののわずか2kmで異変。休んだりストレッチを繰り返して痛みをごまかし、半日かけてこの日は19kmを走りました。

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希望どころか絶望でした。 

友人も、長野はやめたほうがいいと言いました。キロ7分ペースでも息は苦しいし脚はスムーズに動かない。楽しく走るなんて遠く及ばず、怖さだけが増しました。

 

この時点で2週間後に迫った長野マラソン。走るか否かかなり悩みました。制限時間は5時間です。完走したいけどそれすら怪しく、バスに収容されて落ち込んで帰ってくる姿しか想像できませんでした。

 

でも結局走りたい気持ちが勝ってしまった。

無謀は承知で、友人にも半ば呆れられスタートラインに立ちました。

当日、長野の朝は雨で肌寒いくらい。寒いと古傷が箇所が疼くように痛くて、不安をかきたてられます。

8時半、定刻通りに長野マラソンがスタート。時計は見ずに何も考えずに、とにかく楽に走れる速さで慎重に進みました。

中間地点を1時間57分で通過。予想よりだいぶ早くてびっくりしたけど、自分の中の「楽な走り方」ができていることに気づきます。腕の引き方、脚の置き方、息の入れ方。私の体はちゃんと覚えてくれていました。

ところが、30kmを過ぎて「ふたこぶラクダ」と呼ばれる2つの短い坂を通過したあたりで抱えていた爆弾が騒ぎ出します。ここまでだったな…と思いました。残念なような、予想できていたような。

だけど残りはたったの12km。痙攣した脚は痛いけどまだまだ終わりじゃない。私は自分で自分のレースを終わらせたりは絶対しない。

機嫌直してよー、最後まで走らせてよー、そんなことを脚に話しかけながら、痙攣が激しくならないようにゆっくりゆっくり慎重に。気づけばゴールまであと2km、沿道にはたくさんの人が迎えてくれていて、その応援を噛み締めながら走りました。

 

あと200mで長野マラソンが終わってしまう。本当は顔じゅういっぱいに笑ってゴールしたいのに、泣きたくなんかないのに決まって泣いてしまう。私はいつもそう。

 

もっと強いランナーになりたい。

 

finish:4:04:21

 

フィニッシュエリアを抜けると、先にゴールした仲間たちが心配して待っていました。いつもみんな厳しいことしか言わないのに、この時はたくさんたくさん褒めてくれました。

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続き、もうちょっとだけ。