気づいたら、走るのに夢中

ランニング2年生のブログ

リオパラリンピック2016 卓球

私が勤めている会社の広報で、関連企業の女性社員の方が日本代表選手としてリオパラリンピックに出場することを知った。

種目は卓球個人の11クラス(知的障害の部)。

 ※選手は障害の種類や程度、運動機能によって11クラスに分けられ競技を行う。

 クラス1~5が車椅子、クラス6~10が立位、そしてクラス11は知的障害選手。

 

伊藤槙紀(いとう・まき)さん、32歳。すでに人生の半分以上のキャリアがあり、国際ランキングでも常に上位をキープしているものの、パラリンピック出場は今回が初めてとなる。

 

「ずっと出たいという気持ちはありました」

実力がありながらこれまで出場を逃してきたのにはさまざまなハードルがあったのだが、特に大きな悲劇とも言っていいのがシドニー大会閉幕後の事件。バスケットボールの知的障害者クラスで優勝したスペインチームのほとんどの選手が、実は健常者であったことが内部告発により明るみになる。

この偽装事件は金メダルの剥奪だけでは収まらず、競技に関わらずすべての知的障害アスリートは翌年のパラリンピックへの参加資格を与えられず、追放される事態へと発展した。

 

どれほどの希望を奪ったことだろう。

「なぜ他の競技まで」の思いが当然あったと思う。

 

その後、卓球は復帰したものの、出場枠が少なかったり実施種目から外れる年もあるなど(08年北京大会)、伊藤選手は16歳から28歳までの競技者としてかけがえのない時期に大きな目標を何度も失うことになる。

 

ただそうした長い間も、伊藤選手はパラリンピック出場を夢見てとにかく練習に励んだという。

用具を見直し、フォームを修正し、得意技は正確性を高め、反復練習で苦手を克服に近づけた。その結果、14年のパラ世界選手権では団体で金メダルを獲得。この大会では肢体不自由・知的障害合わせて日本人選手団では唯一のメダルとなる。

その後も世界ランキングでは安定して5位以内をキープし続け、15年スロベニアOP女子シングルスで準優勝し16年1月にはついに4位。悲願であったリオ五輪への切符を手に入れるまでに至る。

はじめて出場を目指したシドニー大会から、すでに16年近い月日が流れていた。

 

 「難しいですけど、メダルを獲りたいです」

卓球をやっている中で一番うれしいことは?と質問すると「勝つこと」と即答する。続けて、「負けるのが嫌いで…嫌いではないかな、悔しいです。」

なんとなく予想はできた回答だけど、やはりこういうタイプの人じゃないと勝負の世界で長く続けていくなんてできないのだろう。プレー中もミスを犯すと顔をゆがめて悔しがる姿は、競技を始めたばかりの10代の頃からほとんど変わらないのだという。

 

国際大会での経験も、練習もたくさん積んできた伊藤選手。

16年分の思いがつまった夢の舞台でいつもどおり戦ってほしいと思う。

 

 

もうひとつの(parallel)夢、応援します。

 

 

 

予選 :9/8~10
準決勝:9/11
決勝 :9/12

スカパー!」 パラリンピック専門チャンネルにて放送予定

※太字は伊藤選手へのインタビュー記事から。